ぼくが割合、自分の子どもたちのさまざまな行状に寛容…

ぼくが割合、自分の子どもたちのさまざまな行状に寛容というか、まあどうにかなるじゃろうというスタンスであったのは、自分がそうやって育てられてきたからだろうと思う。

昼間は地元の喫茶店にいることが多かった。さもなければ湖か海にいた。あるいは友だちの部屋でうじゃじゃけていた。

深夜のジャズ屋さんにいたりもした。「明日、学校には行けんなあこりゃ」と目を閉じて、こんな曲を聴いていた。自室ではラジオを聴き、本を読んで、レコードを聴いた。

よく勉強してるやん。と今のぼくならいうだろう。わが両親はそうは言わなかったけれど、かといって学校に行けとも一度も言わなかった。まことにありがたいことであります。

モンクの曲はこれとかStraight, No Chaserにしても、なんだか夜のバーカウンターが似合う。17歳の少年がちょっと背伸びをしてみるのに、あのカウンターはちょうどいい高さだった。

今はもうない鹿児島・天文館の『USA』、『パノニカ』、『コロネット』、『リバーサイド』、『パーム』。そして家のように居ついていた谷山の『チョビ』。大変お世話になりました。https://youtu.be/ojtuDUbRoxI