最近、この新城清秀さんという人にはまっている。 沖…

最近、この新城清秀さんという人にはまっている。

沖縄の空手というものが(空手はすべて沖縄発だけれど)、拳も指も手の甲もつま先も、ほとんどあらゆる部位を石のようになるまで鍛えて武器化する武術であることを、最近まで知らなかった。

しかも、「石のように」が比喩ではなくリアルであること。そしてあの三戦(サンチン)というものが、単なる型や立ち方ではなくて、全身をこれまた石のように鍛えるものであること。

これらのことを全然知らないでいた。

発祥をたどると、15世紀頃の倭寇への対抗として生まれたものであるらしい。自分の命をとりに来る相手から、自分の命を守る切実さが根にあるものであるならば、仲間内でどちらが強いかを競う考え方は出てこない。

そして型や試割りの映像を見るだけで、その技が喉仏を砕き、首元の頸動脈を断ち切り、頚椎を折る技であることがわかる。命をとりに来ている相手への唯一の護身術は、相手の命をとることだという思想すらみえる。

これで試合はできない。どうしてもやるというならば、それは寸止め以外にはあり得なかっただろうなと思う。

その寸止め・型中心の空手を、非実戦的であり、頑迷固陋であり、旧タイプであり、あんなものは空手ダンスであるというプロパガンダに、もろに影響されたオロカモノが、私でございます。

新城さんは1951年生まれ、68歳。凄まじい強さにびびるけど、彼が属する上地流には80代の範士10段クラスで現役で教えている人も、複数おられるらしい。強いというのは、もしかするとこういうことなのかと。