20代のある頃に、独立したら屋号を『AM』にしよう…

20代のある頃に、独立したら屋号を『AM』にしようと思っていた。そのくらいAMラジオの、それも深夜の番組が好きだった。

初めて意識して聴いた深夜ラジオは、落合恵子の『セイ!ヤング』だった。

なんでこれかというと、熱くなりすぎて、表面張力を超えたハンダ(主に鉛と錫の合金)が足の指に落ちて、しばらくたってからそれに気づいてトム&ジェリーみたいに大騒ぎしながら作ったゲルマニウムラジオが、ようやく完成した深夜に最初にチューニングが合ったのが文化放送だったからだ。小学4年生くらい。なんだかエロい話をしていた。

それから中学生になって『コッキーポップ』を知り、もちろん『オールナイトニッポン』も『走れ歌謡曲』も『歌うヘッドライト』も、『たむたむタイム』も『ポップスNOW』も『日立ミュージック・イン・ハイフォニック』も、旺文社の『大学受験ラジオ講座』も『心のともしび』も。

それらすべてひっくるめてAMラジオが好きだったのだけど、運命というものは微妙にずれるもので、ぼくはFM福岡のロック番組を、都合2年間やることになった。ほんとは、もっとはっけちゃけたかったけど、FMなんだからしょうがない。というか、すごく運がいい。

そんなこんなのAMラジオのニュアンスを、どこで身につけたのか、30代の講談師がいい感じでやっている。

神田松之丞。2月から真打ちになって神田伯山を襲名する。落語でいえば圓生ができたくらいのインパクトなのかもしれないけど、ぼくはただただ、彼のAMラジオ的な共感力が好きなわけです。